夢ハウス - 暮らし探訪

Voice 09

これからは夫婦でゆったりした時間を紡ぎたい。

Place:新潟県新発田市

Family:夫婦

「面倒見のいい赤塚くん」にまかせよう。

 「子どもたちも独立して夫婦2人だけの生活になりましたから、明るい家でゆったりと過ごしたいと思うようになりました」Mさんが築30年を超えた我が家のリフォームを決めたのは、定年退職後に勤めた第二の職場も引退し、夫婦2人の生活が始まるというときだった。高校の教員で長くバスケットボール部の顧問を務めていたMさんは、平日は夜遅くまで、土日も休まずクラブの指導に心血を注いでいた。長い間、「まるで母子家庭」といわれるほど寂しい想いをさせた奥様と、今度こそゆっくりと過ごしたい―そんな想いがリフォームを決意させたのだった。
 リフォームを決めたMさんは、迷わず夢ハウスに連絡した。なぜなら、夢ハウスの赤塚前会長はMさんの教え子なのだ。「高校時代の赤塚くんはとても元気がよくてね」と、Mさんは40年ものつきあいになる赤塚前会長との思い出を語る。「いつも皆の輪の中にいるんだけれど、絶えず周りに気を配って、とても面倒見がよかったのをよく覚えています。卒業してからも、かつての同級生や先生に何かあると一番に飛んでいくのが赤塚くんで、それは“夢ハウスの赤塚会長”になっても変わりません」Mさんは、新しい人生の舞台づくりを託すのはそんな赤塚さんしかいないとかねてから決めていたそうだ。

座ったまま庭が眺められるこのリビングがいつもの場所。

左_座ったまま庭が眺められるこのリビングがいつもの場所。

希望はひとつ
「ゆったり過ごせる明るい部屋」

 リフォームに際してMさんが出した希望はひとつだけ。「夫婦2人で暮らす家だからたくさんの部屋はいらない。代わりにゆったり過ごせる明るい部屋がほしい」というものだった。
 リフォーム前の家はこの地域らしい和風建築で落ち着いた雰囲気が心地よかったが、2間続きの座敷など普段使わない部屋もあってもったいないと感じていた。そうした和室にどれだけ光が射し込んでも、間仕切りを隔てた家族のスペースには光が届かず、室内がいつも暗いことも気になっていた。「部屋が暗いと気分まで沈んできます。せっかく好きなことをやる時間ができたんですから、明るい空間で気持ちよく過ごしたいじゃないですか」
 今、そう話すMさんを包み込むのは、大きな窓から射し込む明るい陽射しだ。間仕切りだけでなく天井も取り払ったリビングは広々としていて、天窓から注ぐ光がまぶしい。リビングに続くキッチンは「時間があるから台所仕事もしようかなと思って」というMさんの希望で、調理台を高めに調節した。
 ダイニングテーブルは、敢えて置かなかった。夫婦2人ならカウンターで十分だと考えたからだ。カウンターというと軽く食事をとる場所という位置づけで、やや高めにつくられることが多い。けれども、M邸では毎日食事をする場所なので、一般的なカウンターより低めにつくった。木の切り株をそのまま活かした椅子もカウンターにぴったりの高さで、体の大きなご主人も座りやすい。
 そして、何よりもMさんの心を満たすのが、大きな窓から見える庭だ。そこに広がるのは、教師としての責務に追われていた30代の頃からMさんの心の支えとなってきた50鉢を超える盆栽だ。

桐をふんだんに使用した寝室は庭と一体感のある居室。

数寄屋造りの和室はリフォームせずにそのまま残した。

左_ 桐をふんだんに使用した寝室は庭と一体感のある居室。右_数寄屋造りの和室はリフォームせずにそのまま残した。

盆栽―長い教師生活を支えてきた戦友

 当時、Mさんはバスケットボールの指導にのめり込んでいた。一度しかない高校バスケに全力を傾ける生徒たちと真剣に向き合う時間が何よりも大切だと感じていたから、練習に試合にミーティングに、本当に休む間もなくつきあった。だが、そんなある日、Mさんにひとつの訓えを授けてくれる本に出会った。元プロ野球選手で“打撃の神様”と呼ばれた川上哲治氏の著書だった。そこには、川上氏が盆栽をやっていることが書かれていた。それは「神経が安まっていないといい勝負はできない」という川上氏の持論が書かれ、そのために盆栽の手入れに時間をかける様子が綴られていた。
 「私も盆栽をやろう」クラブ活動の指導にのめりこんでいる自分自身を顧みて、Mさんはそう思った。「ゆったりする時間を持つことで、もっと生徒たちのためにがんばれると思ったんです」
 それからは、ひとりでじっと盆栽に向き合う日々が始まった。とはいえ、クラブ活動の指導にもあいかわらず休みはない。「クラブを終えて帰宅して、持ち帰った仕事をかたづけた後、夜中の2時までかけてやっていましたよ(笑)」それはもはや、趣味とは呼べないかもしれない。盆栽は、Mさんの長い教師生活を支えてきた戦友のようなものなのだ。
 今、M邸の庭には、その戦友たちが空に向かって悠然と枝を伸ばしている。リビングの大きな窓からもキッチンの窓からも、その姿が一望できる。教師としてのMさんをよく知る赤塚前会長が、いつも庭を眺めて過ごせるプランを考えてくれたのだ。冬場に鉢を雪から守るための長い庇も、夢ハウスからの提案だ。単なる趣味にとどまらない、Mさんにとっての盆栽の意味をしっかりと汲み取ってくれた。
 「庭は、全部自分でつくったんですよ」とMさんが教えてくれた。川原から石を運んだり、夢ハウスに余った材をもらうなどして盆栽棚も自作した。「自由な時間がたっぷりできたので、もっと庭の手入れに力を入れたいですね」窓辺でゆったりと外を見やるMさんの姿を「働いていた頃とは大違い」と言う奥様の表情もとてもやさしい。

“希望ある限り若く”

 今奥様に、数十年ぶりの夫婦2人のゆったりとした時間に何をしてみたいかと尋ねると「旅行に行きたいですね」という言葉が返ってきた。いろいろな国を訪れる計画をしているそうだ。それを聞いたご主人も「今はまだ新潟県バスケットボール協会の会長を務めているのですが、あと数年でそうした仕事も退いて、いろいろなところを訪ねてみたいですね」と笑う。
 そんなMさんがひとつだけ「これからもまだがんばりたい」という仕事がある。『夢ハウス友の会』の仕事だ。
 Mさんは今、『夢ハウス友の会』の2代目会長を務めている。夢ハウスで家を建てた大勢のお客様に旅行などで楽しんでもらい、お互いに交流を深めてもらおうと力を尽くす。
 「夢ハウスで家を建てた人たちはみんな、豊かな人生をおくりたいと思っている人ばかりです。私も退職してから時間があり余ってしまったので、そんな人たちに充実した時間を過ごしていただけるよう少しでも役に立てたら嬉しいですね」そう語るMさんの手には、今年1年の友の会のイベント予定をまとめた厚い冊子が握られている。
 『夢ハウス友の会』には、サミエル・ウルマンの「青春の詩」の一節から取られたこんな憲章がある。
 「希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる」
 人生の最期を迎える我が家と『夢ハウス友の会』で希望に満ちた毎日を送るMさんに、失望は縁遠い。「あと何年生きられるかわかりませんけど(笑)、2人の時間を楽しんでいきたいですね」この家に子どもたちが帰ってくるかどうかはわからない。でも、そんなことはどうでもいいとMさんは思う。2人で紡いでいきたいものが、まだたくさんあるのだから。